響子と五代の北陸旅行
1日目(出発)~2日目(金沢泊)

Update : 2000.9.10


 みなさんもご存じの通り、単行本11巻・ワイド版7巻で、響子は北陸旅行に出かけ、五代は彼女を追いかけます。互いにそうと気付かないまま各地をめぐっていた二人は、能登半島のある温泉地で劇的(?)な再会を遂げます。旅館の一室でかなりいい雰囲気になった二人でしたが、一刻館からの電話であえなく中断。何のメリットもなかったかに見える旅行でしたが、これ以降、響子の心は急速に五代に傾いていきます。三角関係清算の発端とも言える、「めぞん」の中でもっとも重大な場面のひとつなのです。

 めぞん一刻メーリングリストのメンバーであるリンゼさんが、この夏に北陸に行かれた際、この旅行に関して詳細な調査をしてこられました。このページではリンゼさんの全面的な協力のもとに、二人のたどったルートを再現してみたいと思います。

※このページは1997年8月にリンゼさんが調査された結果を基に構成しておりますが、管理人も1999年3月に現地を調査してまいりましたので、その結果を暫定的に追記の形で反映させております。


1.上野駅 -急行「越前」-

 原作107話『二人の旅立ち』で、昼頃に一刻館を出た響子でしたが、くっついてきた住人たちに無理矢理送別会を始められて、乗るつもりの特急を逃がしてしまいます。で、その送別会をやった店が、上野駅構内のそば屋「更科」。6・7番ホームの真下で今でも盛業中です。

  そば屋「更科」

 響子が足止めされている間に、書き置きを見て一刻館を飛び出した五代が追いつき、偶然にも二人は同じ列車に乗り合わせることになります(しかも背中合わせの席)。
 二人が乗った列車は、季節運転の夜行急行「越前」と思われます。上野から北陸方面に向かう夜行は他に寝台特急「北陸」、夜行急行「能登」(いずれも定期列車)がありますが、「北陸」には座席車が連結されておらず、「能登」も使われていた客車の形式が違います。
 さらに、『二人の旅立ち』13ページ目に描かれている日程表では出発日が「7月27日」となっていますが、1985年夏の「越前」の運転日は「上野発 7/19, 26-8/14, 16-18, 23, 9/13, 14, 20, 21」日となっており、当日に運転されていたことが確認されています。

「越前」説の詳しい解説はこちらのページをご覧下さい。

  急行「越前」はこんな列車でした
機関車は上野発車から恐らく長野までEF62、客車は12系6両という編成でした。この写真に写っている列車は「越前」ではないのですが、編成は全く同一です。
(中軽井沢~軽井沢間にて)
Photo by Tsukagoshi.Shin'ichi

  上野駅9番ホーム
「越前」はここから発車していました。

 なお、「越前」は昭和62年まで春・夏・冬のシーズン毎に運転されていましたが、その後この系統は「能登」の臨時増発運転という扱いになり、「越前」の名前は消えてしまいました。そして現在は「能登」も上越線経由となり、車両も電車に変わっています。

 ちなみに、響子が初めに乗る予定だった列車は、上野発信越線経由金沢行きの特急「白山」だと思われます。この当時は1日2往復が運転され、その後1往復となって最近まで存続していましたが、長野新幹線の開業と同時に廃止されました。


2.兼六園

 原作109話『同行二人』で、五代は金沢トップの観光地・兼六園に響子を探しますが、実はその時、響子は旧東廓にいたのでした。(^^;

  土産物屋
Photo by Linze
 
 兼六園入口近くの、「蓮池通り」にある店です。作中ではこの店の軒先に、『同行二人』3ページ目で五代が妄想して激突した(笑)たぬきの置物がありました。撤去されたか初めからなかったか、とにかく今は見当たりません。

  瓢池
Photo by Linze

 『同行二人』4ページ目で、響子を探して走り回ったあげく、五代は池のそばでひと休みします。それがこの「瓢池(ひさごいけ)」。多少状況が違うので確信は持てないが、一番それらしく見えるとのことです。

※管理人が見た感じでは、「瓢池」よりも「霞が池」のほうが近いように感じました。主観の問題かも知れませんが。


3.旧東廓

 『同行二人』5ページ目で、響子が歩く旧東廓(きゅうひがしのくるわ)。ここは加賀藩によって作られた廓(くるわ)の跡で、現在は茶屋街(正確には東茶屋町)として通っているそうです。響子はここで失恋した女性に出会い、一緒に行動することになります。

  旧東廓
Photo by Linze

 響子たちはこの後、タクシーで江戸村に向かったのですが、現在江戸村は閉鎖されており、金沢市が買い取る方向で動いているとのことです。


4.江戸村

 旧東郭で出会った響子と失恋女性はタクシーに相乗りして江戸村に向かいます。江戸村のあった湯涌温泉郷は金沢市内から南東方向にやや離れており、路線バスは金沢駅前から所要45分とのこと。タクシーを利用すれば時間は早いでしょうが、料金も馬鹿にはならないはずです。

 江戸村はその名の通り、江戸時代に加賀藩領内に建てられた様々な建造物を移築したもので、このような文化財施設には珍しく民間企業の手で維持されていましたが、1995年以降に閉鎖された模様です。その後、金沢市がこれらの施設を買い取る方向で交渉しているとのことですが、現在のところ(少なくとも管理人が見た限りでは)、再開に向けた具体的な動きは見られません。ここでは1995年夏に閉鎖前の江戸村を訪れたmarinesnowさんが撮影された写真を掲載します。

  在郷商家
Photo by marinesnow

『同行二人』7ページ目中段で「江戸村」というキャプションをつけて描かれている場所。ここには響子や五代は登場しません。

  百姓家
Photo by marinesnow

『同行二人』8ページ目で五代が妄想のあげくに激突した「百姓家」。ちなみに県指定文化財です(笑)。

なお、下記URLにも江戸村の説明と写真が掲載されています(「いいねっと金沢」内のコンテンツです)。

http://www.city.kanazawa.ishikawa.jp/kankou/meisyo/kougai/edomura/edomuraJ.html


5.むろうや旅館

 『同行二人』12ページ目で五代が響子を待つ「むろうや旅館」。リンゼさんがいろいろ苦労なさってモデルを捜されたのですが、ついに確証は得られなかったとのことです。氏が一番それらしいものとしてあげたのが、下の「鹿島屋旅館」です。

  鹿島屋旅館
Photo by Linze

※先日、鹿島屋旅館のご主人からメールをいただき、「このページを見て予約して下さった方には、金沢にちなんだ心ばかりの物を用意いたします」というありがたいお申し出をいただきました。「めぞん一刻」の舞台にふさわしい、「時代の流れに逆行するような」古き良き日本旅館だそうです。北陸旅行のポイントを探訪される方はもちろん、お仕事などで滞在される方もぜひご利用下さい。ご予約の際に「めぞん一刻 Homepageを見ました」と言い添えるのをお忘れなく!

鹿島屋旅館 金沢市本町2-19-13
TEL:076(221)0187

ホームページも開設されています。

http://www.ne.jp/asahi/kanazawa/kashimaya/


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