みなさまからのご意見集

Update : 1998.9.26


このページには、1997.4.19から1997.7.25までにいただいたご意見とそれに対する回答、15通分を掲載しています。


五代家の住所(第五銀行) (1997.7.25 平山 孝さん)
北陸旅行のポイント2 (1997.7.25 リンゼさん)
北陸旅行のポイント1 (1997.6.18 Linzeさん)
明日菜の誕生日 (1997.6.8 柴田純一さん)
賢太郎の生まれ年 (1997.6.6 平山 孝さん)
三鷹の住所/時計坂は練馬区? (1997.6.4 平山 孝さん)
五代の誕生日 (1997.6.3 時計坂2-6-5さん)
TVアニメのVTRとビデオCD (1997.6.2 豊 敏成さん)
「白バラ女子大」 !? (1997.5.26 七尾葉介さん)
Windows 版ゲーム (1997.5.22 西羅 勤さん)
「一刻館の思いで」/東久留米の今 (1997.5.22 加藤 寛さん)
私の娘は「春香」です (1997.5.9 Tadashi Matsufujiさん)
惣一郎の生まれ年 (1997.5.8 柴田純一さん)
惣一郎の命日 (1997.4.24 加藤 寛さん)
キャバレーバニーは池袋? (1997.4.19 加藤 寛さん)


1997.7.25 平山 孝さん

またまたメールします。今回は五代家の住所について調べてみました。

第159話<形見>の中で、ばあちゃんの通帳に「第五銀行」「…潟支店」と書かれています。五代の実家が新潟にあることは定説になっていますので、「第五銀行」のモデルは「第四銀行」だと思われます。

で、調べてみると第四銀行で「…潟支店」に該当するのは南新潟支店(新潟市)と月潟支店(西蒲原郡月潟村)の2つしかありません(でも第五銀行が架空の銀行だから支店名も架空でもいいと言われるとそれまでなんですが…)。よってばあちゃんの通帳は「第五銀行南新潟支店」で作られたものだと考えられます。月潟村も新潟市から30キロちょっとなのでタクシーで行くのも不可能ではないんですが、列車を乗り換える方が自然かな、と思いますので。

最寄りの支店を利用したと考えれば、南新潟支店は新潟市米山にあり、「定食五代」は新潟駅前・木戸・紫竹・姥ケ山・鳥屋野の各支店に囲まれた地域内にあることになります。ところが、この地域は新潟駅南口前に広がる地域で、<形見>の中で五代たちが駅前(北口)からタクシーに乗ったことと矛盾するんです。

やはりそこまで細かい設定はされていないとは思いましたが、案の定行き詰まってしまいました。五代家は新潟市内のどこかにある、というぐらいの設定なのでしょう。まあ、話のタネにご報告いたします。なお、新潟は行ったことがないので事情通の方の意見をお聞きしたいところです。


管理人から

 いやはや、新潟に行かれたことがないのにどうしてこんなことをご存じなんですか? こわいじゃないですか(笑)。
 それはさておき、これは私にもつっこみようがありません。「五代家のだれかが支店長と知り合いなんじゃないの?」などといい加減かつ地道な努力を一瞬にしてつき崩してしまう解答しかできません。事情通の方のフォローを私からもお願いいたします。

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1997.7.25 リンゼさん

再びメールを差し上げます。
6月18日に、ひろゆきさんのホームページのフォームから「『めぞん一刻』の金沢旅行で、二人がとまった温泉旅館はどこか?」という質問のメールを送りましたリンゼです。ホームページに取り上げてくださって、どうもありがとうございます。

そうですか……「定説」といえるものはないみたいですね。『一刻館の思い出』あたりで明らかになっているのかと思いましたけど。(あの本、探してるんですけど見つからないです。もう無理かも……)ということでここはひとつ、「定説」をつくってしまいましょう!

とりあえず私の説としては……


2人が乗った列車
……『能登』(上野発福井行の急行列車) [確証度B]

(理由)特急以外で、上野駅を夜発車する金沢方面行の列車では、最も早く金沢に着く手段(当時)

兼六園、旧東廓、江戸村
……いずれも金沢市内に実在 [確証度A]

ちなみにp59(単行本11巻、以下同じ)の『ONKYO』の看板も金沢駅に実在(少なくとも数年前までは)

むろう家旅館
……『鹿島屋旅館』(金沢市) [確証度B]

(理由)駅前にあり、建物が絵に似ている。

p60~61の海岸
……『千里浜』(羽咋市) [確証度A]

(理由)p61上段のコマの文字、「…里浜レストハウス」と読める。千里浜レストハウスも羽咋市に実在

p67の五重塔
……『妙成寺』(羽咋市) [確証度A]

(理由)p67の絵より明らか。

響子さんが降りたバス停
……『気多大社』(羽咋市) [確証度B]

(絵としては描かれていない)
(理由)千里浜~妙成寺間にある最も有名な観光スポット

温泉街
……『志賀の郷温泉』(志賀町) [確証度C]

(理由)気多大社からタクシーを使って常識的な費用で行ける、ほとんど唯一の温泉街

金白館
……『高千代苑』(志賀町) [確証度C]

(理由)海に面し、川が近い。"なんとなく" 金白館に似ている。

……という感じです。
数年前に私が能登に行ったとき、とりあえずこんな結論らしきものを出したのですが、肝心の『高千代苑』(金白館のモデルとしてあげた)には行けなかったなど、調査は不十分です。
(温泉街を『志賀の郷温泉』とするのも雰囲気の点から言って難点が……)

実は性懲りもなく、もう一度金沢に旅行する計画を立てています(^^;;;)。もっとも今回は別に温泉探しだけが目的で行くわけではありませんが……。もし何か「収穫」がありましたら、またメールします。


管理人から

 ぱちぱちぱちっ! 北陸編「定説」の誕生です。(^^)
 二人が乗った列車については、「能登」で間違いないと思います(以前に当時の時刻表を調べました)。上野から北陸方面に行く夜行列車は他に特急「北陸」がありますが、座席車が連結されていないことからも候補から外れます。調べた限りでは臨時列車も運転されていなかったはずですし、「確証度A」にしても差し支えないでしょう。
 観光スポットも問題はないでしょうから(なんかサザエさんしてるよなー)(^^;)、問題は旅館ですよね。「むろうや旅館」はまだしも、「金白館」にいたっては場所の見当すらあやふやなままですから……。これは架空のままにしておく方が幸せかも知れませんけどね。
 そういえば、響子さんが自殺願望女性と行ったスナックは?(見つかるわけないか……苦笑)

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1997.6.18 Linzeさん

先日、ネットサーフィンをしていて、偶然ひろゆきさんのHPを見つけました。
めぞん一刻は10年位前愛読しておりまして、とても懐かしく拝見させていただきました。
今は久々に、押し入れから単行本を引っ張り出して(5年前に今の家に越してきて以来だ……)
少し黄ばんだページをめくっているところです(^^;)。

ところで10年前からずっと抱いている疑問があるのですが……。
それは、「金沢旅行で、二人がとまった温泉旅館はどこか?」ということです。
……あれはいったいどこにあるのでしょう?

旅館の名前は「金白館」となっていますが、もちろんこれは架空のものでしょう。
しかし、何か実在の旅館をモデルに描いたということも、十分考えられますし、
また温泉町は実在しているかも知れません。
(あの旅行には実在の場所もかなり登場し、具体的な情報も豊富です。
おそらく高橋留美子さんは一度金沢に取材に来られたものと思われます。)
実は10年程前、二人と同じルートで旅ができないかと考え、「めぞん一刻ツアー」と題して友人とわざわざ金沢まで出かけていったことがあります(^^;)。
旅行ルートはほぼつかめたのですが、肝心の温泉町がどこにあるかはわかりませんでした。

この温泉町の所在については、すでに定説があるのでしょうか。
もし何かご存知でしたら、ぜひ教えていただきたく思います。


管理人から

いや、同じ事をしているのは私だけじゃないと知って安心しました(笑)。
それはともかく、本当にどこなんでしょうね。
とりあえず能登半島のどこかなのは間違いない(ちなみにバスは北陸鉄道バスね)でしょうが、定期観光バスのルートなんかしょっちゅう変わりますからね。
手元にあるガイドブックに当たってみると、響子が海を眺めた砂浜は千里浜のようで、そこから輪島までの間には志賀ノ郷、生神(うるがみ)、能登金剛と3つばかり温泉があるようですが、詳しい紹介はなく決め手なし……能登半島にお住まい、あるいは旅行に行かれたことがあって知っておられる方がおられたら、情報をお寄せ下さいませ。

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1997.6.8 柴田純一さん

「管理人」ひろゆきさん、こんにちは。
またまた、つっこみメールです(笑)。
明日菜さんの履歴についてですが・・・

>昭和38年生まれ
>昭和60年3月
> 白百合女子大卒業

とありますが、昭和38年生まれなら、昭和59年卒業では?

これとは別に私の考えを書いてみますので参考にして下さい。
まだ考察中ですが、現段階では

昭和39年1月~3月生まれ、昭和59年3月 白百合女子大卒業

と考えています。

(以下説明の便宜上第101話を5月1日(根拠なし)にしてあります)

昭和60年のお見合いの時点で、三鷹の叔父は「・・卒、二十一歳・・」
と言っていますので、明日菜さんは大学の卒業年を考えると、

昭和59年3月卒業の場合
1) お見合い当時、22歳(昭和38年4月2日~昭和38年4月30日生まれ)
2) お見合い当時、21歳(昭和38年5月1日~昭和39年4月1日生まれ)

昭和60年3月卒業の場合
3) お見合い当時、21歳(昭和39年4月2日~昭和39年4月30日生まれ)
4) お見合い当時、20歳(昭和39年5月1日~昭和40年4月1日生まれ)

となります。

まず、九条家側から卒業年を考えます。
お見合いは昭和60年春ですので、昭和60年卒業の場合、卒業してすぐ結婚話
ということになります。旧華族の考え方はよく分かりませんが(笑)、いく
らなんでも卒業後すぐ結婚というのは早すぎます。明日菜さんは一人娘でも
ありますし、結婚を急ぐ必然性もありません。その証拠に三鷹の縁談も、結
納まで1年半近くかかっています。結婚を焦っている様子はありません。
そこで素直に、「昭和59年卒業、その後一年間花嫁修業」と考えました。

2) お見合い当時、21歳(昭和38年5月1日~昭和39年4月1日生まれ)

がこの条件に当てはまります。

次に三鷹の叔父側から誕生日を推測します。
三鷹の叔父は仲介役なので、当然明日菜さんの生年月日を含めた詳しい履歴
を知っているはずです。
その叔父が、甥の瞬に見合いの相手の年齢を知らせる時に、「二十一歳」と
言うのはどのような場合でしょう?
誕生日が5月~12月の場合「昭和38年生まれ」のイメージが強く、どうしても
「今年で22歳になる人」と考えがちです。
これが、1月~3月ですと「昭和39年生まれ」となり、「今年21歳の人」のイメ
ージが強くなります。

運転手の君田が九条家に勤め始めたのは、昭和40年~昭和41年頃であり、当時
の明日菜がまだ赤ん坊だったことからも、昭和39年生まれが適当ではないかと
考えられます(昭和38年だと2~3歳になってしまう)。

九条家側と三鷹の叔父側の両方の根拠から、
昭和39年1月~3月生まれ、昭和59年3月 白百合女子大卒業
と判断しました。

以上、いかがでしょうか?
よろしければ感想をお聞かせください。


管理人から

す……すごいっす。
遊び半分でこしらえた設定にここまで突っ込んでいただけて本望であります(笑)。
頭の回転の鈍い私は理解するのも一苦労で、そのせいで掲載が遅れてしまいました。
肝心の内容については……うーん、どうなんでしょう。
三鷹の叔父さんの思考回路は「どっちでもいいんじゃないかなあ」とか思いましたが、君田さんの何気ない一言は聞き落とせませんね。でも赤ん坊って、何歳何カ月までをさすんだろうか(^^;)。
かなり悩みましたが、他に証拠があるわけでもないので、より「自然」だと思われる柴田さんの説を採ることにして、設定集を訂正しておきました。

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1997.6.6 平山 孝さん

再びメールいたします。
賢太郎クンの生年についてですが、第38話<夏の思い出>で
賢太郎クンの国語ドリルに「こそあど言葉」の問題が出てきます。
この時昭和57年。
現在これは小学2年生で習うらしいです。
が、賢太郎クンは登場シーン(昭和55年)で既にランドセルを
背負っていたのでこの時点では小3と考えられます。
で、逆算すると昭和48年度の生まれとなります。

間違ってたらごめんなさい!!


管理人から

あれ? 考えてみれば、私はどうやって賢太郎の年齢を決めたんだろう(^^;)。
何か考えて決めたはずなんだけど、何せもう3年も前のことで思い出せない(あ~もどかしい)。
ごめんなさい、思い出せたらまたその時に書きます。設定集の訂正はちょっと待って下さい。m(__)m

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1997.6.4 平山 孝さん

はじめまして。いつも楽しく拝見しています。

さて、設定で一つ指摘させていただきます。
三鷹さんのマンションは第118話<犬詣>の三鷹さんの年賀状と第106話<開かれた扉>のマンション前カットから
「…3-1-10 メゾン・(コ?)ルホーズ」となります。

それから「練馬区時計坂 一刻館」の設定は映画「完結編」の他、第61話<夏色の風>の五代君の破いた封筒にあり、
第85話<青田枯れ>で五代君宛の封書でも「東京都
??区」と読めます。
勿論「一刻館の思いで」で指摘されている
二階堂君の「市役所」発言や
電話番号04××-とは矛盾しますが…。

管理人から

三鷹さんの住所については、全くうっかりしておりました。
年賀状の番地はともかく、設定集にマンション名を書いてなかったのは完全に管理人のミスであります。すみません。m(__)m
さっそく訂正しておいたので、ごらんくださいませ。
「練馬区時計坂」説、実は以前から有力なのですが、以前の東久留米市の写真(飛鳥杏華さんのページに掲載)は動かし難い証拠のように思えるんですよねー。別に同じ風景があるから即モデルだと言うわけではありませんが、街の雰囲気みたいなものが……少なくとも、地下鉄(都営12号線)のある街ではないと思うんですよね。

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1997.6.3 時計坂2-6-5さん

どうもはじめまして、まだめぞん一刻のファンになって1年にも満たない若輩者です。BSマンガ夜話は見逃してた(というよりめぞん一刻を取り上げたことがあったなんて知らなかった)ので助かりました。また人物・ポイント紹介+設定集にも私の知らないことがたくさんあって、私もまだまだだな、と感じつつも「一刻館の思い出」をはやいとこ入手せねばという思いにかられます。
一刻館の住所についてなんですが、「2-6-5」の5っていうのは五号室を示しているんじゃないでしょうか、だから一刻館の住所は2ー6だと思うんですが。ちなみに、この名前は、書きこみの時とかに使っています。あと五代君の誕生日が4日らしきこと(14日や24日かもしれないですが)が同じ履歴書から見てとれますので付け加えてみてはいかがかと。

管理人から

「一刻館の思いで」は読んでみたいという人が多いようですね。
管理人は1年ぐらい前に、近所の書店に注文して入手しました。もう今は在庫がないのかも知れませんが、問い合わせるだけでもなさってみてはいかがでしょうか。
「5」が5号室の5ってのはどうかなー……。もしそうならば、「2-6 5」と書くだろうし、「一刻館」と書かないのも変だし、とか思うのですが、いかがでしょうか。

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1997.6.2 豊 敏成さん

今年、現役で大学に合格してインターネット始めました。めぞんにハマったのはワイド版が出たときで、このホームページも必死で探しました。最初は外国に飛んでばかりで、やっとでたどりついた日本のページがここでした。データのち密さに驚きました。TVアニメを集めようと思っているんですが、VHS版がいいか、ビデオCDがいいか、またその入手方法など、お時間があればメール送ってください。お願いします。


管理人から

テレビアニメのVHS版は現在まず手に入らないと思います。
LDが見られるのならば、そちらにした方が簡単に手に入ります。
市中在庫頼みのようですが、秋葉原、日本橋あたりならけっこう店頭に残っているはずです。
ビデオCDもわりと簡単に入手できるようですが、聞いたところでは、画質がかなり悪いようです。やはりMPEG1では力不足のようで・・・

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1997.5.26 七尾葉介さん

時計坂通信社の七尾葉介です。
ビックニュースです。

めぞんの文庫判第7巻、118ページを御覧ください。
明日菜さんの卒業大学が「白バラ女子」に変わっています!!!

管理人から

ぬぁにいいぃっ!(笑)
管理人は文庫版を買ってなかったので、ちっとも知りませんでした。
もしかして白百合女子大から抗議でも来たのでしょうか(実在しますよね)。明日菜さんが卒業したとなればむしろ宣伝になる(笑)でしょうに、心の狭い……(ホンマかいな)。
このような再版時のつじつま合わせといえば、コミックス10巻「犬が好き Part2」で「トルコ(風呂)」と書いてあったのがワイド版からは「ソープ(ランド)」に変わったというのがありますが(トルコ人留学生の指摘で呼び方が変えられたんですね……飛鳥杏華さんのページを参照)、トルコの件はともかく、あまり後からこういうつじつま合わせをしない方がいいと個人的には思うんですけどね。

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1997.5.22 西羅 勤さん

はじめまして、めぞん一刻いちファンです。
たまたまテレビをみていると再放送をやっているではありませんか。で、今では毎日留守録にセットしてみています。
押し入れにあった単行本(もちろん初版本)を読み返しはまってます。
だだゆいいつ残念なのが 5月に発売のWindos版を買いのがしてしまったぁ(悲しいやら腹立つはで)買いのがしてしまったこんな僕にてにいれる方法をおしえてください。
おねがいします。

管理人から

テレビの再放送を見て再びめぞんにはまったという方が多いようですね。
テレビ大阪の再放送は最終回を迎えてしまいましたが、PerfecTVのキッズステーションではまだ続くようですね。もっとたくさんの方が泥沼にはまることを密かに期待しております(笑)。
Windows版ゲームを買い逃してしまわれた……のは残念ですね~。30,000円というお値段にためらった人も多かったようですが、結局は予約完売になってしまいましたね。発売元の方にお願いすれば、ひょっとすると廉価版で再発売……なんてことになるかも知れないですけど。
管理人はどうにか手に入れられそうです。でも、私のマシンはMacなんですよねー、実は(^^;)。SoftWindows買わなきゃなんないのかなー……

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1997.5.22 加藤 寛さん

 「一刻館の思いで」、聞いたことはあったのですが
 (たしか某バークレーのホームページ)
 実際に見たことがなかったので考慮されているとは
 思いませんでした。(結構いい出来なんでしょうか? (^_^ )

> といいつつその時に東久留米にも行ってきたんですが。(^^;;
> 東久留米の方も、駅舎が橋上化された上に
> 駅前も再開発が進んでいて、ピンときませんでしたね。

 そんな風になってしまっているのですか、暇を見つけて
 訪れようと考えていたのでちょっと悲しい(;_;
 普段、武蔵野を利用しているので
 秋津には割と楽に行けるのですけどちょっと時間が・・・

管理人から

>  「一刻館の思いで」、聞いたことはあったのですが
>  (たしか某バークレーのホームページ)
>  実際に見たことがなかったので考慮されているとは
>  思いませんでした。(結構いい出来なんでしょうか? (^_^ )

とてもよくできてると思いますよ。
謎解き本でたまにあるような薄っぺらな考察もなく、
編者が本当に「めぞん」を好きなのが伝わってきます。
(逆に深読みしすぎて変な結論が出てしまってるのがあるくらいで)(^^;)

> > といいつつその時に東久留米にも行ってきたんですが。(^^;;
> > 東久留米の方も、駅舎が橋上化された上に
> > 駅前も再開発が進んでいて、ピンときませんでしたね。
>
>  そんな風になってしまっているのですか、暇を見つけて
>  訪れようと考えていたのでちょっと悲しい(;_;
>  普段、武蔵野を利用しているので
>  秋津には割と楽に行けるのですけどちょっと時間が・・・

飛鳥杏華さんのページに、かつての東久留米周辺の写真が掲載されています。
見てると本当に今の様子と違いますね。
ま、私の地元の駅にしたって、10年前はどんな様子だったか
もはや思い出せませんが・・・

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1997.5.9 Tadashi Matsufujiさん

五代君といっしょに浪人し、大学にはいり、いっしょに卒業した私にとって、五代 君は他人とはおもえません。優柔不断で、なんとなく周囲に流される性格など、自分 のことをかいてあるのか、と思っていました。そんなわたしの娘「春香」も9歳にな りました。
そして、今、西武池袋線ぞいに住んでいます。人物・ポイント紹介を見て、舞台が 西武池袋線ぞいだと、初めて知りました。(私は新宿線かと思っていました。) 私の娘が名前をもらった、五代君と管理人さんの娘「春香」ちゃんもずいぶん大き くなったことと思います。できれば大きくなった「春香」ちゃんをみたいものです。

管理人から

Matsufujiさんの「春香」ちゃんは9歳ですか。
ありゃ? 「五代春香」ちゃんは88年生まれのはずですから
同い年じゃないですか。(^^)

オリジナルストーリーで今の一刻館をノベライズしてみようかな、
とも思うのですが、これ、相当難しそうですね。(^^;

西武線の電車の方は、後半になると確かに新宿線っぽい車両も出てきて
どちらとも決めがたいのも事実です。
ただ、一刻館の所在地が東久留米市(私の設定では秋津市)という前提に立つと、
自然に池袋線ということになりますね。

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1997.5.8 柴田純一さん

はじめまして。
いつも楽しく拝見しています。
あまり、インターネットは利用していないのですが、
接続の度に寄らせていただいています。

このテのホームページは、ややもすると、マニアックに走りがちですが、
HIROYUKIさんのページでは、良心的に資料が使われていて、とても好感が
持てます。
私は、調べてわからない項目については、「不明」として、状況証拠等から
推測するだけですが、HIROYUKIさんのデータベースを見て、こういう考え方
もあるのだな・・・と思いました。
(でも「秋津市」は、私のイメージとは・・ちょっと・・・)

ところで、データベースの「根拠といいわけ」で一件。
惣一郎さんの生年月日についてですが、第52話《配達された配達された一枚
の葉書》において、惣一郎の日記の開始日が
「昭和五十二年の春から・・・」
「ちょうど あたしと 会った頃・・・」
そして、例のハガキの届いたのが
(だって、この頃 惣一郎さん 27歳・・・)
とあるので、やはり昭和25年と考える方が自然だと思います。
とすると、響子さんが惣一郎さんと出会ったのは、高校3年の時。
卒業までわずか一年。響子さんの一目ぼれだったんでしょうね・・・

管理人から

「秋津市・・・」に関しては、
これは、人それぞれですからね。
一応、「東久留米市」がモデルだということは
もう定説の域に入っているようですが、
そのままの街並みがあるわけではありませんし、
やっぱりここは架空の街の物語にしておいた方が夢があると思って、
「秋津市」を作ったのです。
(実在の市・駅がモデルになっていることはお分かりですよね?)

データベースのお話は、完全に私の見落としでした(^^;)。
さっそく訂正しておきましたが、これでよろしいですよね……?
(実は一度、「これはテレビの方のエピソードですね」なんて
 大ボケな返事をお送りしてしまって……あー恥ずかし)(-_-;)

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1997.4.24 加藤 寛さん

 実地調査までなさっていたのですか、何というかすさまじい気合を感じます。
 (だって、関西の方ですよね)

> 一度東京に行ったときに実地調査も試みたのですが、
> その時はすでに日が落ちていた上に、
> 途中で自分がどこにいるのか分からなくなってしまって、(^^;
> 謎の解明はかないませんでした。

 確かに、いくら実在する場所が舞台の漫画とはいえ
 漫画なんだからと言ってしまえばそれまでで
 実際は存在しない町並みを漫画内に描かれている
 ということも有り得ますしね。

 私も新宿はほぼ毎日利用しているのですが、池袋はここの所さっぱりです。
 だから、「あれは池袋だっっ!」と断定はできませんけど。
 近いうちにちょっと見てきます。
 それに10年の年月と言うのも結構重いですよね。

 今回メールでは惣一郎氏の命日に関して突っ込ませていただきます。(^^ゞ

 あのページ内では4月15日とされていますが、
 私は4月の19日ではないかと思っています。

 根拠です。

 1.1巻《春のワサビ》にて、一刻館に惣一郎氏の墓参りの日にちを
   知らせる電話がかかってきますが、その時に
   響子「次の日曜日? ええ 結構です。」
   と返事をしながらカレンダーに印を付けています。
   (このカレンダーは縦に曜日が進行している)
   その日にちを数えてみると19日になります。
   1981年4月19日は日曜。

 ただ、この話のほかの部分ではカレンダーの書き込みが
 粗雑になっていて判読できません。
 それに、ただ単にこの日に墓参りを決めただけかもしれません。
 
 2.ワイド版8巻《菊と積木内》でこの年(1986年)の命日が
   土曜日にあたることがわかりますが
   丁度、この年の4月19日は土曜です。

 と、19日であるか、はそれほど強い理由が
 あるわけではないですが、(他には12日も考えられる)
 4月15日ではないのではないか、ということです。

 実は私は1月ほど前に何気なく買った文庫本のものを
 読んではまったので、今が一番燃えている時期 (^_^; でして
 ある意味けちをつけているとも見られかねない
 メールをこのように書いているわけですが、
 どうか大目にみてやってくださいませ。 m(__)m
 (自分のメールなわけですが・・・)

管理人から

>  実地調査までなさっていたのですか、何というかすさまじい気合を感じます。
>  (だって、関西の方ですよね)

ついでですよ、ついで。(^^;
といいつつその時に東久留米にも行ってきたんですが。(^^;;
東久留米の方も、駅舎が橋上化された上に
駅前も再開発が進んでいて、ピンときませんでしたね。
(その前に西武線の駅ってどれも同じに見える(^^;))

>  確かに、いくら実在する場所が舞台の漫画とはいえ
>  漫画なんだからと言ってしまえばそれまでで
>  実際は存在しない町並みを漫画内に描かれている
>  ということも有り得ますしね。

時計坂もそうらしいです。
東久留米というのが大体定説になっているようですが、
全く同じ地形や町並みはないそうです(連載当時もそう)。
私が「秋津市」という架空の街を決めたのには、
そのへんを回避したかったのもあります。
(架空の街にしといた方が夢があっていいなと思ったのもありますけど)

>  私も新宿はほぼ毎日利用しているのですが、池袋はここの所さっぱりです。
>  だから、「あれは池袋だっっ!」と断定はできませんけど。
>  近いうちにちょっと見てきます。
>  それに10年の年月と言うのも結構重いですよね。

ワイド版10巻「好きだから・・・」で二人が乗ってる電車とか、
9巻「戸惑いロマンス」で五代とこずえがキスする場面に
通りかかる電車なんか、西武新宿線っぽいんですよね。
でもそれを証拠採用すると、今度は時計坂が池袋線沿線という設定と
矛盾してしまう・・・
あまり真剣に考えられると、作者も困ってしまうかも知れませんね。(^^;

>  今回メールでは惣一郎氏の命日に関して突っ込ませていただきます。(^^ゞ
>
>  あのページ内では4月15日とされていますが、
>  私は4月の19日ではないかと思っています。

これに関しては、ホームページでも書いたとおり、
「一刻館の思いで」に書かれた説を全面的に採用いたしました。

以下、概略を引用します。

年毎の墓参りの日付は以下のようになります。
1981.4.19(日) カレンダーの絵より。
1982.4.18(日) 墓参りの間、五代は七尾家を訪問。
         七尾家が家族全員揃っているので、平日ではなかろう。
1983.4.16(土) 墓参りはテニススクールの前日。
         スクールは日曜のみ開講。
1984.4.15(日) 親戚一同が参加。平日ではなかろう。
1985.4.?     五代は保育園にいたから、この日は平日。
1986.4.? (土) 三鷹に「今度の土曜日、お暇ですか?」と聞かれて、
         墓参りを理由に断っている。
というわけで、墓参りの日は大体4.12~4.19の間なのですが、
1985年だけは平日に墓参りをしています。ということで、
この日が正確な命日である可能性が高いのです。
そして、響子はなるべくスクールのない土曜日に墓参りに行っています。
ところが1984年に限っては、わざわざスクールを休んで墓参りをしています。
ということで、「4.15命日説」が出てくるわけなのです。

>  実は私は1月ほど前に何気なく買った文庫本のものを
>  読んではまったので、今が一番燃えている時期 (^_^; でして
>  ある意味けちをつけているとも見られかねない
>  メールをこのように書いているわけですが、
>  どうか大目にみてやってくださいませ。 m(__)m
>  (自分のメールなわけですが・・・)

いえいえ、遠慮なさらないで。
ページにも書いたとおり、「講義・訂正大歓迎!」
ですから。(^^)

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1997.4.19 加藤 寛さん

今回、メールを送らせていただきましたのはポイント集内に
一個所、疑問を感じる部分があったためです。
その個所は


>キャバレーバニー

>東京都新宿区歌舞伎町3-8-9
>(各線新宿駅下車)

この住所なのですが、これは新宿区歌舞伎町ではなく池袋駅周辺のどこか
なのではないかと思うのです。

理由としましては、

1.ワイド版10巻の≪本当のこと≫の表紙部分にかすかに「SEIBU」及び
「TOBU」という文字が判読できる。
西武、東武両方の百貨店が存在する場所である。

2.≪本当のこと≫内で出てくる駅が新宿らしくない(笑)。

3.時計坂は西武池袋線沿線にある(通説)ので五代が通いやすい。

4.池袋にもそれなりの数の風俗店がある。

などです。

1などは本編に出てきているわけではなく、
よく見ると「TOBU」ではなく
「TOBO」(爆)と書いてあったり、結構怪しいですが、
個人的に思っているだけのことですので。

管理人から

痛いところを突かれましたね(笑)。
私も悩んだんですよ。
一度東京に行ったときに実地調査も試みたのですが、
その時はすでに日が落ちていた上に、
途中で自分がどこにいるのか分からなくなってしまって、(^^;
謎の解明はかないませんでした。

「言いわけのページ」にも書いたとおり、
新宿にしたのには根拠はないのです。
あえて証拠を出してくるなら、「本当のこと」で
五代とこずえが別れる場面(P.148)で、表示板の文字が
「山手線 都営地下鉄」と読めるってことぐらいですね。
(我ながらよくこんなもの見つけたな)(^^;

池袋、新宿両駅を利用されていて、付近の地理に詳しい方がおられたら
意見を聞いてみたいものです。
ただ、なんといっても連載当時から10年の歳月が流れており、
駅周辺の再開発が行われていた場合、場所の特定はもはや難しいかも知れません。

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